東海道・濱松宿
徳川家康が若いころ拠点とした城の町。江戸から二十九、京から二十五。
お子さんと保護者の方へ。東海道・濱松宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の浜松宿とは?
浜松は東海道の二十九番目の宿場。
京から数えると二十五番目にあたる。
京から数えると二十五番目にあたる。
どちらから数えるか
袋井が「どちらから数えても二十七」だったのに対し、浜松は江戸から二十九、京から二十五。五十三から二十九を引いて一を足せば、たしかに二十五です。計算して確かめてみてください。
浜松城は「出世城」と呼ばれました。城主がのちに幕府の要職に就くことが多かったためと伝わります。府中・岡崎・亀山と同じく城下町の宿場) 。
広重の題は「冬枯ノ図」。葉の落ちた木の下で、旅人が焚き火にあたっている場面です。沼津の黄昏、原の朝——時刻だけでなく、季節も描き分けられています。
考えてみよう
- 問一五十三から好きな数を引いて、京から数えた番号を求めてみましょう。
- 問二「出世」ということばの意味を調べてみましょう。
- 問三五十三次の絵から、冬の絵を探してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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