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三十三

東 海 道 ・ 沼 津 宿

箱根はこねえ、三島みしまぎて。夕暮ゆうぐれどきに宿しゅくとしてえがかれました。

いまのことば

沼津ぬまづは東海道の十二番目の宿場。
広重のだいは「黄昏図たそがれず」。

一日の終わりを描く

広重ひろしげ五十三次ごじゅうさんつぎは、時刻じこくえがけます品川は「日之出ひので」、次の原は「あさ富士ふじ」、そしてこの沼津ぬまづが「黄昏図たそがれず」。五十三ごじゅうさんまいならべると、一日いちにち何度なんどめぐります

天保てんぽう十四年(一八四三年)の『東海道とうかいどう宿村大概帳しゅくそんだいがいちょう』によれば、沼津ぬまづ本陣ほんじんけん脇本陣わきほんじんけん旅籠はたご五十五けん総戸数そうこすう千二百三十四土山旅籠はたご四十四けんでしたから、それよりおおきい宿場しゅくばです。

箱根はこねえた旅人たびびとが、からだやすめる場所ばしょでもありました。箱根三島沼津ぬまづつづならびは、難所なんしょくだり→休息きゅうそく、というなが宿場しゅくば順番じゅんばんには、たびからだ事情じじょうきざまれています。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——東海道とうかいどう宿村大概帳しゅくそんだいがいちょう』は、幕府ばくふ街道かいどう実態じったい調しらべてまとめた記録きろく) です。宿場しゅくばごとの家数いえすう人口じんこう旅籠はたごかずかるので、この連載れんさいでも何度なんど使つかっています。
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