東海道・嶋田宿
川が増水すれば、何日でも足止め。そのあいだ、旅人はこの宿にとどまりました。
お子さんと保護者の方へ。東海道・嶋田宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の島田宿とは?
島田は東海道の二十三番目の宿場。
広重の題は「大井川駿岸」——川の江戸側です。
広重の題は「大井川駿岸」——川の江戸側です。
川止めの町
島田と金谷は、大井川をはさんだ向かい合わせの宿場です。広重も二枚続きで描きました——「駿岸」(江戸側)と「遠岸」(京都側)。同じ川を、両側から描いたのです。
川が増水すると「川止め」になり、何日も渡れません。そのあいだ、旅人は宿に泊まり続ける。島田と金谷が栄えたのは、この足止めのおかげでもありました。大磯のあたりとは逆で、ここでは止まることが町を大きくしたのです。
大井川については、地理の間・大井川で詳しく読みました。なぜ橋を架けなかったのか、岡崎の矢作橋と読み比べると、答えが見えてきます。
考えてみよう
- 問一足止めが町を栄えさせる。その仕組みを説明してみましょう。
- 問二同じものを両側から見た絵を、自分でも描いてみましょう。
- 問三川の水量が増える原因を、三つ挙げてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——大井川を渡る料金は、水の深さで変わりました。水位が上がるほど高くなり、ある高さを超えれば川止め。自然の条件が、そのまま値段表になっていました。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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