東海道・見附宿
暴れ川として知られた天竜川。広重は、霧の中の渡し舟を描きました。
お子さんと保護者の方へ。東海道・見附宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の見附宿とは?
見附は東海道の二十八番目の宿場。
広重の題は「天竜川図」。
広重の題は「天竜川図」。
霧のなかの渡し
天竜川は諏訪湖から流れ出る大きな川です。大井川と同じく橋はなく、舟で渡りました。広重の絵は霧に包まれ、対岸が見えません。川の広さを、見えないことで表した一枚です。
見附という地名は「都から来て、最初に富士山が見える場所」から来たとも言われます。ただし由来には諸説あり、確かなことは分かっていません。地名の由来は、たいていいくつもの説があります。
次の浜松まではこの川を越えなければなりません。東海道の三つの大きな川——安倍川・大井川・天竜川) 。いずれも駿河から遠江にかけて集中しています。山が海に近い地形が、急な川を作るからです。
考えてみよう
- 問一霧を描くことで伝わることを、三つ考えてみましょう。
- 問二地図で天竜川をたどり、どこから流れてくるか調べてみましょう。
- 問三地名の由来に諸説あるとき、どう確かめればよいでしょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——天竜川は暴れ川とも呼ばれ、たびたび流路を変えました。吉原が高潮で動いたように、水は町と道を動かします。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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