CCN 寺子屋
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四十一

東 海 道 ・ 金 谷 宿

かわわたりきったところ。ここからさきは、牧之原まきのはら台地だいちせまります。

いまのことば

金谷かなやは東海道の二十四番目の宿場。
遠江国とおとうみのくにもっとひがし宿場町しゅくばまち

岸のもう一方

金谷かなや大井川おおいがわ右岸うがん京都きょうとがわ)にあります島田おなじく、川止かわどめのときは旅人たびびとであふれました。ちがうのは、背後はいご牧之原台地まきのはらだいちせませま土地とちだったことひろがる余地よちすくない宿場しゅくばでした。

金谷かなやると金谷坂かなやざかのぼっています。かわわたった直後ちょくごさかそしてそのさきには日坂小夜さよ中山なかやまひかえている東海道とうかいどう中盤ちゅうばんは、難所なんしょつづけてなら区間くかんです。

牧之原台地まきのはらだいちは、明治めいじ以降いこうちゃ産地さんちとしてひらかれました。いまきゅう東海道とうかいどうあるくと、両側りょうがわ茶畑ちゃばたけです。日坂のあたりもおな風景ふうけい難所なんしょだった土地とちが、いまはちゃ名産地めいさんちになっています

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——島田しまだ金谷かなやは、いまはおな島田市しまだしですかわかれていたふたつのまちが、はしができてひとつになった——みち歴史れきしは、まちかたちえていきます。
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