東海道・舞坂宿
浜名湖が海とつながった場所を、舟で渡る。その東側の宿場です。
お子さんと保護者の方へ。東海道・舞坂宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の舞阪宿とは?
舞坂は東海道の三十番目の宿場。
浜名湖の今切口に面した低地にあった。
浜名湖の今切口に面した低地にあった。
湖が海になった日
もともと浜名湖は淡水の湖でした。それが地震と津波で砂州が切れ、海とつながった。その切れ口を「今切」と呼びます。新居の章で詳しく読んだ出来事です。
広重の題は「今切真景」。舟が行き交い、沖に大鳥居が立つ構図です。陸の道が途切れ、海の道になる場所) ——宮から桑名への七里の渡しと同じ種類の区間です。
東海道には、舟で渡る区間が二か所あります——今切の渡しと、七里の渡し。どちらも、陸を回る道より速かったから選ばれました。大津の「急がば回れ」とは、ちょうど逆の判断です。
考えてみよう
- 問一湖が海とつながると、水や生き物はどう変わるでしょう。
- 問二舟で渡る道と陸を回る道。選ぶ基準を三つ考えてみましょう。
- 問三地図で浜名湖の今切口を探してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——舞坂は「舞阪」とも書きます。保土ヶ谷のところで触れたとおり、宿場の表記は一つに決まっていませんでした。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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