無料会員登録

東海道・新居宿

浜名湖はもともと淡水の湖でした。大地震と津波で海とつながり、旅人は湖口を船で渡り、そのたもとの関所で厳しい取り調べを受けました。

お子さんと保護者の方へ。東海道・新居宿を、いっしょに確かめましょう。

いまのことば

東海道の新居宿とは?

浜名湖は室町時代の地震で海とつながった汽水湖きすいこ。
渡し船の先に待つ新居あらい関所は、東海道でも指折りの厳しさだった。

地形が変わった日

室町時代の明応地震(1498年)の津波などで、浜名湖と海を隔てていた砂州が切れ、湖は海水の混じる汽水湖きすいこになりました。切れた場所は「今切(いまぎれ)」——「いま切れた」がそのまま地名です。

陸路が断たれたため、舞坂まいさか宿から新居あらい宿へは今切の渡しで船を使います。そして新居あらい側には関所。「入り鉄砲に出女」——江戸へ入る武器と、江戸から逃れる大名の妻子を取り締まる、幕府の重要チェックポイントでした。

地震が地形を変え、地形が交通を変え、交通が制度を呼ぶ。災害の記憶が、地名と関所になって残っているのです。

考えてみよう

  • 問一「今切」のように、災害や地形の出来事が由来の地名を、自分の地域で探してみましょう。
  • 問二浜名湖が汽水になって、獲れるものはどう変わったでしょう(うなぎ・あさり…)。
  • 問三関所は何を、なぜ取り締まったのか。「入り鉄砲に出女」を説明してみましょう。

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——新居あらい関所の建物は、全国で唯一、江戸時代の関所建築が現存するものです(国の特別史跡)。浜名湖がうなぎ養殖の本場になったのは、汽水という地形の贈り物あってこそでした。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。

メールだけで無料登録

  • 答えのページ・読みの一覧が開ける
  • 音声・ゲームで練習できる
  • メールアドレスだけ・パスワードなし
無料で登録する →

LINE で新しい学びを受け取る

スマートフォンの LINE で読み取ると、友だちに追加できます。

LINE で友だち追加
LINE 友だち追加の QR コード(CCN)