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三十七

東 海 道 ・ 府 中 宿

徳川家康とくがわいえやす晩年ばんねんごしたしろまち東海道とうかいどうもっとおおきな宿場しゅくばひとつでした。

いまのことば

府中ふちゅうは東海道の十九番目の宿場。
城下町じょうかまち駿府すんぷ一角いっかくしていた。

城下町のなかの宿場

府中ふちゅう駿府すんぷまち一部いちぶでした。岡崎のところでたとおり、宿場しゅくば規模きぼ府中ふちゅう東海道とうかいどう最大級さいだいきゅう岡崎おかざきがそれに。どちらも城下町じょうかまちです。おおきなまちがあるところに、おおきな宿場しゅくばがある

広重のだいは「安部川あべかわ」(安倍川あべかわ)。ここもはしのないかわで、ひとかた輦台れんだいわたりました島田金谷大井川おおいがわおな仕組しくみ。駿河するがには、はしのないおおきなかわふたつあったことになります。

駿府すんぷは、将軍しょうぐん退しりぞいた家康いえやすんだまちとしてもられます。江戸えどきょうのあいだに、もうひとつの政治せいじ中心ちゅうしんがあった時期じき東海道とうかいどうととのえられた背景はいけいには、そういう事情じじょうもありました。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——府中ふちゅう」は国府こくふかれたまちという意味いみ普通名詞ふつうめいし) で、全国ぜんこくおな地名ちめいがあります。だから東海道とうかいどう府中ふちゅうは、のちに静岡しずおかあらためました
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