東海道・興津宿
古くから清見潟と呼ばれ、歌に詠まれ続けた海辺です。
お子さんと保護者の方へ。東海道・興津宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の興津宿とは?
興津は東海道の十七番目の宿場。
広重の題は「興津川」。
広重の題は「興津川」。
歌枕の海辺
このあたりの海辺は、古くから「清見潟」と呼ばれた歌枕でした。関所の「清見ヶ関」、寺の「清見寺」も同じ名から。地名・関所名・寺号が一つのことばでつながっている。
広重の題は興津川の川越しの場面です。大井川ほどではないものの、ここも徒歩で渡る川でした。東海道には橋のない川がいくつもあり、そのたびに旅は止まる。六郷、興津川、安倍川、大井川——川の数だけ、旅の計画が狂う可能性があったのです。
前の由比は薩埵峠の難所。興津はその峠を下りたところにあります。峠の前後に宿場を置く——小田原と三島、日坂と掛川も同じ形) です。
考えてみよう
- 問一同じことばから生まれた地名を、身のまわりから探してみましょう。
- 問二橋のない川を渡る方法を、四つ挙げてみましょう。
- 問三峠の前後に宿場が置かれる理由を説明してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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