六
東 海 道 ・ 蒲 原 宿
しんしんと雪の積もる夜の宿場を、かさをすぼめた旅人が行く——広重の「蒲原夜之雪」は五十三次の最高傑作。ただし蒲原は、めったに雪の降らない土地です。
いまのことば
広重は、温暖な蒲原をあえて深い雪の夜に描いた。
事実ではなく心を描く——それが浮世絵の風景だった。
描かれた静けさ
蒲原(静岡市清水区)は駿河湾ぞいの温暖な宿場。ところが広重は、ここを一面の雪の夜として描きました。音が全部吸い込まれたような、しんとした画面。五十三次シリーズの最高傑作と呼ばれます。
なぜ降らない雪を描いたのか。確かなことは分かりません。ただ、旅の途中で心にたまる静けさや寂しさを表すのに、雪の夜ほどふさわしい景色はなかった——多くの人がそう読んできました。
写真のように正確なことと、心に真実であること。絵はどちらを選んでもいい。孝行話の雪のたけのこ(童子教)と同じで、事実でないものが、真実を伝えることがあるのです。
考えてみよう
- 問一「正確ではないが、気持ちは伝わる」表現を、ほかに知っていますか。
- 問二あなたの町を一枚の絵にするなら、実際と違えてでも描きたい景色はありますか。
- 問三写真がある時代に、絵で風景を描く意味は何でしょう。
答えはひとつではありません。地図を広げながら考えると、また違って見えてきます。
豆知識——「蒲原夜之雪」は国内外の美術館が所蔵する超有名作で、切手にもなりました。現地の旧宿場には記念碑があり、温暖な町並みと名画の雪を見比べられます。