東海道・掛川宿
城下町であり、塩の道と交わる町。遠くには秋葉山が見えます。
お子さんと保護者の方へ。東海道・掛川宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の掛川宿とは?
掛川は東海道の二十六番目の宿場。
広重の題は「秋葉山遠望」。
広重の題は「秋葉山遠望」。
もう一つの参詣道
秋葉山は火の神を祀る山として信仰を集めました。江戸は火事の多い町でしたから、火を防ぐ神への参詣は切実な願いでした。川崎の大師、藤沢の江の島、そして掛川の秋葉山。
掛川は城下町でもあり、塩の道とも交わりました。日坂のところで触れたとおり、日坂は小さく、掛川は大きい。峠の宿と城下の宿では、役割が違います。
宿場の大きさを決めるのは、街道だけではありません。城下町か、港か、参詣道の分かれ目か、難所の前後か。この連載を読み進めると、宿場が大きくなる条件が見えてきます。
考えてみよう
- 問一宿場が大きくなる条件を、この連載から四つ書き出してみましょう。
- 問二火の神を祀る神社が近くにないか調べてみましょう。
- 問三塩が内陸へ運ばれる道筋を地図で考えてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——秋葉山へ向かう道は「秋葉街道」と呼ばれました。東海道は一本の道ではなく、いくつもの道が交わる網の一部) でした。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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