東海道・鞠子宿
東海道でいちばん小さな部類の宿場が、いちばん有名な名物を持っていました。すりおろした自然薯の、とろろ汁です。
お子さんと保護者の方へ。東海道・鞠子宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の鞠子宿とは?
鞠子は東海道で最小級の宿場。
名物とろろ汁は、芭蕉の句にも広重の絵にも描かれた。
名物とろろ汁は、芭蕉の句にも広重の絵にも描かれた。
小さな宿の大きな名物
鞠子(まりこ・丸子とも書く、いまの静岡市駿河区)は、旅籠の数が二十数軒という小さな宿場。けれど、山の芋をすって麦飯にかけるとろろ汁の評判は、東海道じゅうに知れわたっていました。
松尾芭蕉は「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」と詠み、広重は五十三次の絵にとろろ汁屋の店先を描き、弥次さん喜多さんの『膝栗毛』では夫婦げんかでとろろが食べられない滑稽な場面に。俳句・浮世絵・小説の三冠を取った名物です。
大きさではなく、名物の力で歴史に残る——町の勝負のしかたは、規模だけではありません。
考えてみよう
- 問一とろろ汁を家で作って(すりおろし体験つき)、江戸の旅人の昼食を再現してみましょう。
- 問二小さな町が「一品」で有名になった例を、ほかにも探せますか。
- 問三芭蕉の句の「梅若菜」は季節の言葉。いつごろの旅だと分かりますか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——鞠子のとろろ汁屋「丁子屋」は慶長元年(1596年)創業と伝わり、いまも茅葺きの店で営業しています。広重の絵とほぼ同じ姿の店で、江戸の献立が食べられる——五十三次で最も「あの頃のまま」に近い場所かもしれません。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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