十八
ことわざ・十八 弘法にも筆の誤り
書の名人・弘法大師でも、
書きそこなうことがある。
いまのことば
弘法にも筆の誤りの意味と由来は?
どんなにすぐれた名人でも、ときには失敗することがあるということ。
ことばの景色
「弘法」は、平安時代のはじめの僧・空海のことで、弘法大師とも呼ばれます。空海は書の名人として知られ、嵯峨天皇・橘逸勢とならんで「三筆」と呼ばれています。
その空海でさえ、ときには筆で書きまちがえることがある。どんな名人にも失敗はある、という意味です。似たことばに「弘法は筆を選ばず」がありますが、こちらは、名人は道具のよしあしを問わない、という別の意味です。
たとえば、「漢字博士の先生が、黒板の字をまちがえた。弘法にも筆の誤りだ」のように使います。
考えてみよう
- 問一名人の失敗を見て、ほっとしたことはありますか。
- 問二「弘法にも筆の誤り」と「弘法は筆を選ばず」、どちらのほうが心に残りますか。
- 問三あなたの身のまわりの「名人」はだれですか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている
『ことわざ』は、昔から人びとの間で言いならわされてきた短い言い回し。「弘法にも筆の誤り」は、ひとりの作者やひとつの原典をもつことばではなく、国語辞典や国語の教科書に見られる定番の表現です。
弘法大師(空海)の書は、
ジャパンサーチ「三筆」で見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。
表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。意味や使い方は、国語辞典でもお確かめください。