東海道・石部宿
京を朝発った旅人が、最初の夜を過ごす宿。戸塚とちょうど対になります。
お子さんと保護者の方へ。東海道・石部宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の石部宿とは?
石部は東海道の五十一番目の宿場。
近江国甲賀郡にあった。
近江国甲賀郡にあった。
京から数えた一日目
戸塚が江戸から一日目の宿だったように、石部は京から一日目の宿でした。「京立ち石部泊まり」ということばが残っています。東海道は江戸からだけでなく、京からも歩かれていた——浜松の「京から二十五」も同じ見方です。
広重の題は「目川ノ里」。目川は石部と草津のあいだにあった立場で、菜飯と田楽が名物でした。草津のうばがもち、鞠子のとろろ汁と同じく、立場の食べ物は旅の楽しみでした。
石部・水口・土山は、いずれも近江国甲賀郡。草津・大津とあわせて、近江には五つの宿場があります。鈴鹿峠を越えてから京まで、あとわずか。草津で中山道と合わさり、大津を経て三条大橋へ至ります。
考えてみよう
- 問一京から歩くと、この連載はどんな順番になるでしょう。
- 問二立場の名物を、この連載から四つ集めてみましょう。
- 問三地図で近江の五つの宿場を並べてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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