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東海道・土山宿

「坂さかは照てる照てる 鈴鹿すずかは曇くもる あいの土山つちやま 雨あめが降ふる」——峠とうげのこちらと向むこうで、天気が変かわります。

お子さんと保護者の方へ。東海道・土山宿を、いっしょに確かめましょう。

いまのことば

東海道の土山宿とは?

土山つちやまは東海道の四十九番目の宿場。
鈴鹿すずか峠とうげを越こえた近江おうみ側がわの、最初さいしょの宿だった。

歌で覚える、天気のしくみ

広重がこの宿に与あたえた題だいは「春之雨はるのあめ」。橋はしを渡わたる行列ぎょうれつが雨あめに打うたれている一枚です。降ふっているのは、ただの雨あめではありません。土山つちやまらしい雨あめなのです。

馬うまを引ひいて荷にを運はこぶ馬子まごたちの唄うたに、こうあります——「坂さかは照てる照てる 鈴鹿すずかは曇くもる あいの土山つちやま 雨あめが降ふる」。坂下さかのした(峠とうげの東ひがし)は晴はれ、鈴鹿すずか峠とうげは曇くもり、峠とうげを越こえた土山つちやまでは雨あめ。同じ日の同じ道で、天気が三段だんに変かわる。

なぜそうなるのか。山やまが空気くうきの流ながれをせき止とめるからです。風上かざかみと風下かざしもで、雲くものでき方が変かわる。気象きしょうという言葉ことばを知しらない時代じだいに、馬子まごたちは毎日まいにち峠とうげを越こえながら、その仕組しくみを節ふしにのせて覚おぼえていたのです。科学かがくの間まで扱あつかう観察かんさつの原点げんてんが、仕事しごと唄うたの中にあります。

土山つちやまは平安へいあんの昔むかしから、伊勢参宮いせさんぐうの道が鈴鹿すずか峠とうげを越こえるようになって以来いらい、難所なんしょをひかえた宿として育そだった町です。一八四三年の『東海道宿村大概帳しゅくそんだいがいちょう』では、家数いえすう三百五十一軒けん、人口じんこう千五百五人、本陣ほんじん二軒けん、旅籠屋はたごや四十四軒けん。日坂にっさかとならぶ「峠とうげの番人ばんにん」の宿でした。

考えてみよう

  • 問一山やまの風上かざかみと風下かざしもで天気が変かわるのはなぜでしょう。図ずにかいて説明せつめいしてみましょう。
  • 問二あなたの町で「ここから天気が変かわる」と感かんじる境目さかいめはありますか。
  • 問三仕事しごとのこつを歌うたで覚おぼえる。ほかにどんな例れいが思おもいつきますか。

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——明治めいじ元年がんねん、東京とうきょうへ向むかう途中とちゅうの明治天皇めいじてんのうは、この土山つちやま宿に泊とまりました。ちょうどその日が満まん十六歳さいの誕生日たんじょうびで、本陣ほんじんで第一回だいいっかいの天長節てんちょうせつ(天皇てんのうの誕生日たんじょうびの祝いわい)が行おこなわれました。街道の宿が、新あたらしい祝日しゅくじつの最初さいしょの舞台ぶたいになったのです。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。

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