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五十八

東 海 道 ・ 水 口 宿

宿場しゅくばみちばたで、夕顔ゆうがおをむいてす。広重ひろしげは、その仕事しごとだいえらびました。

いまのことば

水口みなくちは東海道の五十番目の宿場。
広重のだいは「名物干瓢めいぶつかんぴょう」。

干瓢ができるまで

干瓢かんぴょう夕顔ゆうがお細長ほそながくむいてしたものです。広重ひろしげでは、三人さんにん女性じょせいがそれぞれちが工程こうてい担当たんとうしています。むく・す・む——作業さぎょうながれが一枚いちまいおさまっている藤枝の「人馬継立じんばつぎたて」とおなじで、はたらひとです。

水口みなくち石橋いしばしさかいに、東側ひがしがわみち三筋みすじかれた宿場町しゅくばまち西側にしがわ水口城みなくちじょう城下町じょうかまちみちかぎになっていました岡崎二十七曲にじゅうななまがりとおなかんがかた) ——城下じょうかではみちをわざとげます。

室町むろまち時代じだいにはすでに宿駅しゅくえき機能きのうがあり、一六〇一年に宿駅しゅくえき指定していされました草津室町むろまちから要衝ようしょうでした。近江おうみふるくから東西とうざいかよみちで、東海道とうかいどうはそのうえかれたのです。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——干瓢かんぴょうはいまでも巻寿司まきずしとしておなじみです。料理りょうりれば、すことは水分すいぶんいていたみにくくする技術ぎじゅつ街道かいどう名物めいぶつ保存食ほぞんしょくおおいのは、かえれるからです。
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