東海道・水口宿
宿場の道ばたで、夕顔の実をむいて干す。広重は、その仕事を題に選びました。
お子さんと保護者の方へ。東海道・水口宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の水口宿とは?
水口は東海道の五十番目の宿場。
広重の題は「名物干瓢」。
広重の題は「名物干瓢」。
干瓢ができるまで
干瓢は夕顔の実を細長くむいて干したものです。広重の絵では、三人の女性がそれぞれ違う工程を担当しています。むく・干す・取り込む——作業の流れが一枚に収まっている。藤枝の「人馬継立」と同じで、働く人の絵です。
水口は石橋を境に、東側は道が三筋に分かれた宿場町、西側は水口城の城下町で道が鍵の手になっていました。岡崎の二十七曲りと同じ考え方) ——城下では道をわざと曲げます。
室町時代にはすでに宿駅の機能があり、一六〇一年に宿駅に指定されました。草津も室町から要衝でした。近江は古くから東西の通い道で、東海道はその上に引かれたのです。
考えてみよう
- 問一干して保存する食べ物を、五つ挙げてみましょう。
- 問二作業の流れを一枚の絵にする工夫を考えてみましょう。
- 問三城下町で道を曲げる理由を、もう一度説明してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——干瓢はいまでも巻寿司の具としておなじみです。料理の間の目で見れば、干すことは水分を抜いて傷みにくくする技術。街道の名物に保存食が多いのは、持ち帰れるからです。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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