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二十

東 海 道 ・ 草 津 宿

東海道と中山道なかせんどうが、ここで一本になります。江戸から京へ向かう二本の道の、最後の合流点。

いまのことば

草津くさつは東海道の五十二番目の宿場。
江戸から来る東海道と中山道なかせんどうが、ここで出会って一本になる。

道が合わさる場所

江戸から京都へ行く道は、大きく二本ありました。海ぞいの東海道と、山を行く中山道なかせんどうです。まったくちがう風景ふうけいを通ってきた旅人が、京の手前の草津くさつひとつの流れに合わさります。その分かれ道を追分おいわけといい、いまも道標どうひょうが立っています。

二本分の人が通るのですから、宿場はにぎわいます。旅籠はたごは多いときで百三十二けん草津くさつ宿本陣ほんじんは建物がいまも残り、国の史跡しせきになっています。大名が泊まった部屋を、そのまま見学けんがくできるめずらしい宿場です。

広重が描いたのは「名物立場めいぶつたてば」。立場たてばは宿場と宿場のあいだのやすどころで、草津くさつの名物はうばがもちでした。宿しゅくの名物は、いまも駅で買えます。

そして草津くさつからは、ことわざがひとつ生まれています。ここから大津おおつへは、瀬田せた唐橋からはしをまわる陸路りくろと、矢橋やばせから琵琶湖びわこわたる舟がありました。舟は速い。けれど風が吹けば出ない。武士もののふ矢橋やばせの舟ははやくともいそがばまはれ瀬田せた長橋ながはし——「いそがば回れ」の語源ごげんとされる歌です。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——草津くさつ宿には貫目改所かんめあらためじょという役所がありました。荷物のおもさをはかり、決まりより重ければ駄賃だちんくわえる仕組しくみです。全国に五か所しかなく、そのひとつが草津くさつ人と荷が集まる場所には、はかる仕組みが要る。いまの物流ぶつりゅうと同じ考え方です。
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