五十三
故事成語・五十三 知音
この音をわかってくれる人は、あなただけ。
いまのことば
知音の意味と使い方は?
自分のことを心の底からよく理解してくれる、親しい友。
ことばの景色
むかし中国に、伯牙という琴の名人がいました。そして、その音をだれよりもよく聞きわける、鍾子期という友がいました。
伯牙が高い山を思いうかべてひくと、鍾子期は「そびえる山のようだ」と言い、流れる川を思ってひくと、「ゆったりと流れる大河のようだ」と言いました。伯牙が心に思ったことを、鍾子期はいつも音からぴたりと聞き取ったのです。
やがて鍾子期が亡くなると、伯牙は琴の弦を断ち、二度と琴をひかなかったと伝えられています。自分の音を本当にわかってくれる人は、もういないと考えたからです。このことから、「音を知る人」=「知音」が、心の通じ合う友をあらわすようになりました。
たとえば、「ぼくがだまっていても、何を考えているかすぐに気づいてくれる。あの子はぼくにとって知音だ」のように使います。
考えてみよう
- 問一言葉にしなくても、わかってくれる人はいますか。
- 問二相手を「よく聞く」とは、どういうことだと思いますか。
- 問三だれかの「知音」になるために、あなたにできることは何でしょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——伯牙が琴の弦を断ったことから、「絶弦(ぜつげん)」ということばが、親しい人と死別すること、また、なれ親しんだ物事や人と決別することをあらわすようになりました。
原文について
この記事が扱っている
『故事成語』は、中国の古典に由来する言い回し。伯牙と鍾子期の話は、呂氏春秋・本味篇に、音を聞きわける場面から弦を断つ場面まで一続きで書かれている(列子・湯問篇にもほぼ同じ話がある)。
原文は
https://zh.wikisource.org/zh-hant/呂氏春秋/卷十四で確認できます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。
表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。意味や使い方は、国語辞典でもお確かめください。