五十一
故事成語・五十一 百聞は一見に如かず
話を何度聞くより、一度この目で見てみよう。
いまのことば
百聞は一見に如かずの意味と使い方は?
人から何度も話を聞くより、一度自分の目で見るほうが、よくわかり確かだということ。
ことばの景色
漢の時代、西の国境で、羌という人びとの動きがさわがしくなりました。皇帝の宣帝は、年老いた将軍の趙充国に、どう対処すればよいか、どれほどの兵が要るかをたずねました。
趙充国は、「百回聞いても、一度見るのにはおよびません。戦のことは、遠くからは見当がつけにくいものです。わたしが現地へ行って、地図をかいて作戦を申し上げます」という意味の答えをしました。自分の目で土地や相手を確かめてから決めよう、という考えです。
「如かず」は「およばない」という意味です。話を百回聞くことも、一度見ることにはかなわない、というのが、このことばの形です。
たとえば、「図鑑でクワガタの写真はたくさん見ていたけれど、夜の林で本物に出会ったら、大きさも動きもまるでちがった。百聞は一見に如かずだ」のように使います。
考えてみよう
- 問一聞いていた話と、実際に見たものがちがったことはありますか。
- 問二自分の目で見ても、わからないことはあるでしょうか。
- 問三行って見ることができないとき、どうやって確かめますか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——このことばに続けて、「百見は一考に如かず」「百考は一行に如かず」などと言い足した形を目にすることがあります。これらは後の人がつけ加えた言い回しで、漢書・趙充国伝の原文には見られません。
原文について
この記事が扱っている
『故事成語』は、中国の古典に由来する言い回し。漢書・趙充国伝で、宣帝に西の国境の対策をたずねられた趙充国が答えた言葉。
原文は
https://zh.wikisource.org/wiki/漢書/卷069で確認できます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。
表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。意味や使い方は、国語辞典でもお確かめください。