二十六
故事成語・二十六 疑心暗鬼
斧を盗んだのは、あの子ではないか。
『列子』より
いまのことば
疑心暗鬼の意味と由来は?
疑う心があると、何でもないことまで恐ろしく見えること。
ことばの景色
ある人が、家の斧をなくしました。隣の家の子どもが盗んだのではと疑い始めると、その子の歩き方も、話し方も、顔つきまで、すべてが怪しく見えてきます。
ところが数日後、なくした斧は自分の家の谷底から見つかりました。後日、あらためて隣の子を見ると、もう少しも怪しいところは無かった——『列子』にあるたとえ話です。
「疑心、暗鬼を生ず」——疑う心があると、暗闇に鬼の姿を見るように、何でもないことまで恐ろしく、怪しく見えてしまう、という意味です。
考えてみよう
- 問一疑いの気持ちから、ものごとが実際より悪く見えてしまった経験はありますか。
- 問二疑いが晴れたとき、どんな気持ちになりましたか。
- 問三相手を信じることと、疑うこと、そのバランスをどう考えますか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——「疑心暗鬼」のような故事成語は、二千年以上前の中国の書物にある一場面が、そのまま毎日使うことばになったものです。物語ごと覚えると、忘れず、使いどころも間違えません。
原文について
この記事が扱っている
『故事成語』は、中国の古典に由来する言い回し。この回のもとの話は『列子』に記されています。
もとの話を載せる『列子』の版本は、
国立公文書館 デジタルアーカイブ『列子』(内閣文庫蔵)で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。
表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。