東海道・石薬師宿
宿場になったのは一六一六年。五十三次のなかでも遅くできた宿です。
お子さんと保護者の方へ。東海道・石薬師宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の石薬師宿とは?
石薬師は東海道の四十四番目の宿場。
元和二年(一六一六年)に宿場となった。
元和二年(一六一六年)に宿場となった。
あとからできた宿場
袋井と同じく、石薬師もあとから加えられた宿場です。どちらも元和二年(一六一六年)ごろの整備。宿場と宿場のあいだが長すぎるところに、あとから足した——川崎も同じ事情でできました。
「石薬師」の名は、石薬師寺という寺から。広重の題も「石薬師寺」です。藤沢が遊行寺の門前町だったように、寺が先にあって宿場があと、という順番) です。
五十三という数は、最初から決まっていたわけではありません。一六〇一年の整備のあと、川崎・袋井・石薬師などが加わって五十三になりました。道は、使われながら形を整えていったのです。
考えてみよう
- 問一あとから足された宿場を、この連載から三つ探してみましょう。
- 問二寺や神社が先にあった町を、身のまわりから探してみましょう。
- 問三最初の計画があとから変わった例を、身のまわりで考えてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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