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五十七

東 海 道 ・ 阪 之 下 宿

あまりにうつくしく、絵師えしふでてたというやま鈴鹿峠すずかとうげは、すぐそこです。

いまのことば

坂下さかのしたは東海道の四十八番目の宿場。
広重のだいは「筆捨嶺ふですてみね」。

峠の直前の宿

筆捨嶺ふですてみね」のは、絵師えしえがこうとしたがえがききれずふでてた、というはなしからかたがれてきましたつたわるはなしであって、たしかめられる記録きろくではありません日坂夜泣よないしおなじで、とうげちかくには物語ものがたりがたまります

坂下さかのした鈴鹿峠すずかとうげひがしのふもと土山西にしのふもとでした。さかる 鈴鹿すずかくもる あいの土山つちやま あめる」の「さか」は、この坂下さかのしたすとされます馬子唄まごうたみっつの地点ちてんが、これでそろいました

鈴鹿峠すずかとうげ伊勢いせ近江おうみさかい箱根小夜の中山とならぶ東海道とうかいどう三大さんだい難所なんしょです。これでみっつの難所なんしょが、すべてこの連載れんさいそろいました

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——坂下さかのしたは「さかした」「阪之下さかのした」ともかれました保土ヶ谷舞坂おなじで、宿場名しゅくばめい表記ひょうきひとつにまっていません
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