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七十四

百 人 一 首 ・ 七 十 四 番 源俊頼朝臣みなもとのとしよりあそん

うかりける 人を初瀬はつせの 山おろし
はげしかれとは いのらぬものをうかりける ひとをはつせの やまおろし
はげしかれとは いのらぬものを

いまのことば

つれないあのひとが、わたしになびくようにと初瀬はつせ観音かんのんいのった。
けれどもやまおろしのかぜのように
もっとはげしくなれとは、いのらなかったのに。

ことばの景色

ねがいが裏目うらめ、といううたです。初瀬はつせ長谷寺はせでら)はこいねがいでられたてら。そこへいのりにったのに、相手あいてはいっそうつめたくなった。その落差らくさを、やまからろすかぜかさねた

三十五番紀貫之きのつらゆき初瀬はつせまいみちうたでした。おなてらが、百五十年ひゃくごじゅうねんほどをへだててふたつのふだてくる百人一首ひゃくにんいっしゅは、おな場所ばしょ時代じだいちがいでせてくれます。

作者さくしゃ源俊頼みなもとのとしより七十一番源経信みなもとのつねのぶの三なん当時とうじとしてはあたらしい表現ひょうげんこころみた歌人かじんで、金葉和歌集きんようわかしゅう』をんだひとでもあります。八十五番俊恵法師しゅんえほうしは、その子です。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——金葉集きんようしゅう』は八代集はちだいしゅう五番目ごばんめ俊頼としより撰者せんじゃつとめました。三十五番貫之つらゆき五十五番公任きんとう八十三番俊成しゅんぜい——百人一首ひゃくにんいっしゅには、歌集かしゅうんだひと何人なんにんはいっています
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