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五十五

百 人 一 首 ・ 五 十 五 番 大納言公任だいなごんきんとう

たきの音は たえて久しく なりぬれど
名こそながれて なほきこえけれたきのおとは たえてひさしく なりぬれど
なこそながれて なほきこえけれ

いまのことば

たきおとは、こえなくなってからながときがたった。
けれども、その名前なまえだけはながつたわって
いまもこえてくる。

ことばの景色

ながれて」が二じゅういています——みずながれる、と、評判ひょうばんながれる。みずれたのに、のほうはながつづけている。えたものとのこったものを、おな動詞どうしでつないだのです。

千載和歌集せんざいわかしゅう』の前書まえがきは「嵯峨さが大覚寺だいかくじにまかりて、これかれうたはべりけるにはべりける」。嵯峨天皇さがてんのう離宮りきゅうだった場所ばしょのこる、れたたきあとまれました。実際じっさいった場所ばしょがあるうたです。

作者さくしゃ大納言公任だいなごんきんとう藤原公任ふじわらのきんとうは、平安へいあん中期ちゅうき代表だいひょうする文化人ぶんかじんです。『和漢朗詠集わかんろうえいしゅう』をみ、中古三十六歌仙ちゅうこさんじゅうろっかせんのひとりでもある。うたつくひとであり、うたえらひとでもあった——三十五番紀貫之きのつらゆきおな立場たちばです。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——公任きんとうは「三舟さんしゅうさい」の逸話いつわられます——漢詩かんし和歌わか管絃かんげんみっつのふね用意よういされたとき、どれにってもうでせられたとつたわります。伝承でんしょうですが、当時とうじ評判ひょうばんたかさがうかがえます。
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