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八十三

百 人 一 首 ・ 八 十 三 番 皇太后宮大夫俊成くわうたいごうぐうのたいぶとしなり

世の中よ 道こそなけれ 思ひ入る
山の奥にも 鹿しかぞなくなるよのなかよ みちこそなけれ おもひいる
やまのおくにも しかぞなくなる

いまのことば

ああ、このなかよ。のがれるみちなどないのだ。
おもめてった山奥やまおくにも——
鹿しかいている。

ことばの景色

げたさきにも、おななげきがあった——七十番の「いづくもおなじ」とおな発見はっけんです。ただしこちらは鹿しかこえ五番奥山おくやま紅葉もみじふみけ」の鹿しかが、四百年よんひゃくねんにまたいている

おもる」はおもめてやまる、の両方りょうほうこころうごきとからだうごきがひとつのかさなっています。

作者さくしゃ藤原俊成ふじわらのしゅんぜいは、千載和歌集せんざいわかしゅう』をんだひと。そして九十七番藤原定家ふじわらのていかちちです。百人一首ひゃくにんいっしゅえらんだ定家ていかは、ちちうた自分じぶんうたれました

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——俊成しゅんぜいは「幽玄ゆうげん」ということばでうた理想りそうかたりました。はっきりらず、おく余情よじょうのこす。この八十三番はちじゅうさんばんの「鹿しかぞなくなる」のむすかたが、まさにそれです
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