二十九
東 海 道 ・ 保 土 ヶ 谷 宿
江戸を出て四つ目。ここで武蔵国が終わります。
いまのことば
保土ヶ谷は東海道の四番目の宿場。
東海道で武蔵国の最も西の宿場町だった。
国の境を数える
東海道を歩くとは、国をいくつも越えることでもありました。武蔵・相模・伊豆・駿河・遠江・三河・尾張・伊勢・近江・山城。五百キロの道で、十の国を通り抜けます。
保土ヶ谷はその最初の境目、武蔵の西のはずれ。次の戸塚からは相模国です。広重の題は「新町橋」——橋が描かれています。国の境には、たいてい川があります。
「程ヶ谷」とも書きました。同じ宿場に複数の表記があるのは珍しくありません。鞠子が「丸子」、新居が「荒井」と書かれることもある。地名の表記が固まるのは、案外新しいことです。
考えてみよう
- 問一地図で、東海道が通る十の国をたどってみましょう。
- 問二国や県の境が川や山になるのは、なぜでしょう。
- 問三あなたの町の地名に、別の書き方はありますか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——旧国名は、いまも身のまわりに残っています——武蔵野、相模湾、駿河湾、伊勢湾。道を歩くと、地名の意味がつながってきます。