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五十二

東 海 道 ・ 池 鯉 鮒 宿

毎年まいとし初夏しょか野原のはら何百頭なんびゃくとうものうまあつまりました。街道かいどう市場いちばになる季節きせつです。

いまのことば

池鯉鮒ちりゅうは東海道の三十九番目の宿場。
広重のだいは「首夏馬市しゅかうまいち」。

街道が市場になる

首夏しゅか」はなつのはじめ池鯉鮒ちりゅうでは、この時期じき馬市うまいちちました。広重ひろしげは、野原のはらにつながれたうままつだけ——ひとはほとんどえがかれていません。しずかな一枚いちまいです。

街道かいどうひととおるだけのみちではありませんでした鳴海しぼめ、水口干瓢かんぴょう、そして池鯉鮒ちりゅううまものあつまり、売買ばいばいされ、はこばれていく場所ばしょ) でもあったのです。

池鯉鮒ちりゅう」というは、むのがむずかしい宿場名しゅくばめいひとです。阪之下石薬師水口など、五十三次ごじゅうさんつぎにはみにくい地名ちめいがいくつもありますこえしてむことから、地名ちめいおぼえられます。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——うま藤枝た「人馬継立じんばつぎたて」の主役しゅやくでもありました。街道かいどうささえたのはうまです——そのうまいされる場所ばしょが、街道かいどうぞいにあったのは自然しぜんなことでした。
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