CCN 寺子屋
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三十九

東 海 道 ・ 藤 枝 宿

つぎ宿しゅく荷物にもつわたす。その作業さぎょうこそが、宿場しゅくばのいちばんの仕事しごとでした。

いまのことば

藤枝ふじえだは東海道の二十二番目の宿場。
広重のだいは「人馬継立じんばつぎたて」。

宿場の本当の仕事

継立つぎたて」は、荷物にもつつぎ宿場しゅくばぐこといっつのうまきょうまでくのではなく、宿場しゅくばごとにひとうまえるリレー方式ほうしきだから、はや確実かくじつはこべる——これが宿駅制度しゅくえきせいどしんです。

広重が藤枝ふじえだでこの場面ばめんえらんだのは意味いみがあります。宿場しゅくばおおくは景色けしき名物めいぶつですが、これは宿場しゅくばそのものの仕事しごとえがいています問屋場といやばまえで、みかえるひとたち。これが毎日まいにちかえされた東海道とうかいどう日常にちじょう) です。

川崎のところでたとおり、この継立つぎたて負担ふたん宿場しゅくば人々ひとびとおもくのしかかりましたりなければ周辺しゅうへんむらけます(助郷すけごう)。いっつの宿場しゅくばうらに、いくつものむら労働ろうどうがあった

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——宿駅制度しゅくえきせいどは、幕府ばくふ公用こうようはこぶためにつくられた仕組しくでした。旅人たびびとのためではなく、行政ぎょうせいのためのみちだった——そこからたび文化ぶんかそだっていったのです。
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