東海道・白須賀宿
坂を上ると、遠州灘がひらけます。遠江国の、いちばん西の宿場です。
お子さんと保護者の方へ。東海道・白須賀宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の白須賀宿とは?
白須賀は東海道の三十二番目の宿場。
広重の題は「汐見阪図」。
広重の題は「汐見阪図」。
坂の上でひらける海
潮見坂は、東海道で海が大きく見わたせる場所の一つです。由比の薩埵峠は富士、こちらは遠州灘。坂を上りきった瞬間に視界がひらける、という体験) ——国語の間・田子の浦の「打出でてみれば」と同じです。
白須賀は、もとは海に近い低地にありました。それが津波の被害を受けて、坂の上へ移ります。吉原が高潮で内陸へ移ったのと同じ。東海道の宿場は、災害のたびに場所を変えてきました。
ここは遠江国の最も西、いまの静岡県の最も西の宿場町です。次の二川からは三河国。保土ヶ谷で数えた「十の国」の、五つ目の境) を越えます。
考えてみよう
- 問一坂を上って景色がひらけた経験を書いてみましょう。
- 問二災害のあとに町を高台へ移す。利点と苦労を挙げてみましょう。
- 問三地図で静岡県と愛知県の境を探してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——白須賀の西の加宿・境宿で売られていた柏餅は、白須賀宿の名物として有名でした。宿場の名物は、必ずしもその宿場だけのものではありません。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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