📖 名問題・歴史
名問題:明治〜大正(史料と年表の順序を確かめる)
史料の読み取りと年表の並べ替えを、因果関係のストーリーで読み解く。

歴史の学習において、入試や定期テストで頻出する「史料の読み取り」と「年表・出来事の並べ替え」は、単なる年号の丸暗記では対応しにくい分野です。
史料問題の対策として有効なのは、史料に含まれるキーワードから「誰が、どのような背景で出したのか」「その結果、社会や政治がどう動いたのか」という前後の因果関係(歴史のストーリー)を読み解くことです。
本稿では、明治維新から大正デモクラシー期にかけて公布・発布された4つの基本史料(五箇条の御誓文、国会開設の勅諭、大日本帝国憲法、普通選挙法)を取り上げ、史料の着眼点、年表上の順序、練習問題と解説を整理します。
明治〜大正の重要史料4点と着眼点
史料1:新政府の基本方針『五箇条の御誓文』(1868年 / 明治元年)
- 原文(抜粋):
一 廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ
一 上下心ヲ一ニシテ盛ニ經綸ヲ行フヘシ
一 官武一途庶民ニ至ル迄各其志ヲ遂ケ人心ヲシテ倦マサラシメン事ヲ要ス
一 舊來ノ陋習ヲ破リ天地ノ公道ニ基クヘシ
一 智識ヲ世界ニ求メ大ニ皇基ヲ振起スヘシ
- 現代語訳(要約):
広く会議を開いてすべての政治は公の議論によって決定すること。身分に関わらず心を一つにして国を治めること。これまでの古い悪習を捨て、国際的な普遍的道理に基づくこと。知識を広く世界に求め、国家の基礎を大いに奮い起こすこと。
- 背景と着眼点:
明治天皇が神々に誓う形式で出された、明治新政府の政治方針です。「万機公論ニ決スヘシ」という言葉は、後の自由民権運動において「国会を開設するべきだ」という主張の根拠としても引用されました。
史料2:議会開設の公約『国会開設ノ勅諭』(1881年 / 明治14年)
- 原文(抜粋):
「……将ニ明治二十三年ヲ期シ議員ヲ召シ國會ヲ開キ以テ朕カ初志ヲ成サントス……」
- 現代語訳(要約):
「……明治23年(1890年)を期して議員を召し、国会を開き、当初の志を成し遂げようとする。……」
- 背景と着眼点:
板垣退助らによる自由民権運動が高まり、国会開設を求める運動が全国に広がる中、政府内部の対立(明治十四年の政変)を経て、明治政府は9年後となる明治23年(1890年)に議会を開くことを公約しました。この勅諭の公布を契機に自由党や立憲改進党などの政党が結成され、開設に向けた準備が進められました。「明治二十三年ヲ期シ」という開設期日が時期を特定する決定的な鍵となります。
史料3:立憲国家の成立『大日本帝国憲法』(1889年 / 明治22年)
- 原文(抜粋):
第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス
第四条 天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ
第三十五条 衆議院ハ選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス
- 現代語訳(要約):
大日本帝国は万世一系の天皇が統治する。天皇は国の元首として統治権をすべて握り、この憲法の条規に従ってこれを行う。衆議院は選挙法の定めるところにより、国民が選挙した議員によって組織する。
- 背景と着眼点:
国会開設の公約に基づき、伊藤博文らがプロイセン(ドイツ)憲法を手本にして起草しました。1889年2月11日に発布され、翌1890年に第1回衆議院議員総選挙が実施され、第1回帝国議会が開会されました。
史料4:選挙権の拡大『普通選挙法』(1925年 / 大正14年)
- 原文(抜粋):
「帝国臣民タル男子ニシテ年齢二十五年以上ノ者ハ選挙権ヲ有ス」
- 現代語訳(要約):
大日本帝国の国民である男子で、年齢が25歳以上の者は選挙権を持つ。
- 背景と着眼点:
大正時代、吉野作造の民本主義などを背景に大正デモクラシーの運動が広まりました。1890年の選挙制度では直接国税15円以上を納める男子(人口の約1.1%)に限られていましたが、納税要件を撤廃した普通選挙法が加藤高明内閣のもとで制定されました(同時に社会運動を取り締まる治安維持法も制定されました)。
年表で見る因果関係の流れ
1868年:五箇条の御誓文新政府の基本方針表明
↓
1874年〜:自由民権運動の高まり国会開設運動の全国展開
↓
1881年:国会開設ノ勅諭9年後の明治23年・1890年の議会開設を公約
↓
1889年:大日本帝国憲法発布翌1890年:第1回総選挙・帝国議会開会
↓
1910年代〜:大正デモクラシー民本主義・政党政治の進展
↓
1925年:普通選挙法制定満25歳以上男子の納税要件撤廃
練習問題:史料と年表の順序を確かめる
次の史料A〜Dを読み、問いに答えなさい。
史料A:
「帝国臣民タル男子ニシテ年齢二十五年以上ノ者ハ選挙権ヲ有ス」
史料B:
「……将ニ明治二十三年ヲ期シ議員ヲ召シ國會ヲ開キ以テ朕カ初志ヲ成サントス……」
史料C:
「廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ」
史料D:
「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」
「帝国臣民タル男子ニシテ年齢二十五年以上ノ者ハ選挙権ヲ有ス」
史料B:
「……将ニ明治二十三年ヲ期シ議員ヲ召シ國會ヲ開キ以テ朕カ初志ヲ成サントス……」
史料C:
「廣ク會議ヲ興シ萬機公論ニ決スヘシ」
史料D:
「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」
設問1(年代順の並べ替え)
史料A〜Dを、制定・発布された年代の古いものから順に記号で並べなさい。
設問2(内容の読み取り)
史料Bが出された年に起きた政府内の政変の名称を答えなさい。また、史料Bで約束された明治23年に実際に開会された議会の名称を答えなさい。
設問3(歴史的背景の比較)
史料Dの制定当時に定められた衆議院議員の選挙権を持つ人の条件と、史料Aの条件を比べ、史料Aにおいて何が撤廃されたのかを「税」という語を用いて説明しなさい。
解答と解説
設問1の解答と解説
- 正解:C → B → D → A
- 解説:
- C(1868年):五箇条の御誓文(明治新政府の基本方針)。
- B(1881年):国会開設ノ勅諭(明治23年の議会開設を公約)。
- D(1889年):大日本帝国憲法(立憲国家の体制確立)。
- A(1925年):普通選挙法(満25歳以上男子の普通選挙実現)。
設問2の解答と解説
- 正解:
- 政変の名称:明治十四年の政変
- 議会の名称:帝国議会 - 解説:
1881年(明治14年)、早期の国会開設を主張した大隈重信が政府から追放された事件を「明治十四年の政変」と呼びます。この政変と同時に『国会開設ノ勅諭』が出され、1890年(明治23年)に第1回衆議院議員総選挙を経て「第1回帝国議会」が開会されました。
設問3の解答と解説
- 正解:直接国税の納付要件が撤廃され、納税額に関わらず満25歳以上の男子に選挙権が与えられた。
- 解説:
1889年の衆議院議員選挙法では「直接国税15円以上を納める満25歳以上の男子」という制限がありましたが、史料Aの普通選挙法(1925年)では納税要件が撤廃されました。
出典・参考資料
- 文部科学省『学制百年史 資料編』「五ヶ条ノ御誓文(明治元年三月十四日)」
https://www.mext.go.jp/b_menu/hakusho/html/others/detail/1317933.htm - 政策研究大学院大学・東京大学東洋文化研究所 データベース「世界と日本」「國會開設ノ勅諭」(1881年10月12日、出典:太政官・国立公文書館)
https://worldjpn.net/documents/texts/pw/18811012.O1J.html - 国立国会図書館「日本国憲法の誕生/憲法条文・重要文書」大日本帝国憲法 第1条・第4条・第35条
https://www.ndl.go.jp/constitution/etc/j02.html - 国立公文書館「『普選』と『婦選』―選挙権の拡大とその歴史―」第5条の引用・解説
https://www.archives.go.jp/exhibition/jousetsu_07_01.html
