九十二
百 人 一 首 ・ 九 十 二 番 二条院讃岐
わが袖は 汐干に見えぬ 沖の石の
人こそ知らね 乾く間もなしわがそでは しほひにみえぬ おきのいしの
ひとこそしらね かわくまもなし
いまのことば
私の袖は、潮が引いても現れない沖の石のように——
人は知らないけれど、
乾く間もないのです。
ことばの景色
沖の石は、潮が引いても水面に出てこない——だから誰にも見えないし、ずっと濡れたまま。見えないことと乾かないことを、一つの石が両方背負っている。
この一首で作者は「沖の石の讃岐」と呼ばれるようになりました。六十番の小式部内侍や六十一番の伊勢大輔と同じで、一首がそのままその人の名前になった例です。
作者の二条院讃岐は女房三十六歌仙のひとり。九十番の殷富門院大輔、八十八番の皇嘉門院別当とともに、平安末期の宮中で腕を競った女性歌人たちです。
考えてみよう
- 問一見えないけれどずっと続いているもの——三つ挙げてみましょう。
- 問二潮の満ち引きが起こる仕組みを調べてみましょう。
- 問三自分を何かにたとえるとしたら、何を選びますか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——
和歌の世界では、代表作がそのまま呼び名になることがあります。「
沖の
石の
讃岐」のほか、
六十番の
逸話のように、
一つの歌が生涯の看板になる——それが
和歌の
世界でした。