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五十

東 海 道 ・ 赤 阪 宿

東海道とうかいどうもっとちかふたつの宿場しゅくばの、もうひとつ。旅籠はたごよるえがかれました。

いまのことば

赤坂あかさかは東海道の三十六番目の宿場。
広重のだいは「旅舎招婦りょしゃしょうふ」。

宿の内側を描く

五十三次ごじゅうさんつぎおおくは屋外おくがい風景ふうけいですが、この一枚いちまい旅籠はたご内側うちがわえがいています中庭なかにわ蘇鉄そてつをはさんで、食事しょくじ部屋へや身支度みじたく部屋へや宿場しゅくばよるが、そのまま記録きろくされている

御油の「旅人留女たびびととめおんな」とならべると、客引きゃくひき→宿泊しゅくはく、というながれが二枚にまいつづきになります島田金谷かわ両岸りょうがんだったように、広重ひろしげとなり同士どうし宿場しゅくばみにしてえがくことがあります

赤坂あかさかはいまの愛知県あいちけん豊川市とよかわし赤坂町あかさかちょうにあたります御油赤坂あかさかは、いまはおな豊川市とよかわしなか江戸えどふたつの宿場しゅくばが、いまはひとつのになっている——島田金谷おなじでした。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——赤坂あかさか旅籠はたご大橋屋おおはしや」はなが営業えいぎょうつづけ、いまは公開こうかいされています二川本陣ほんじん草津本陣ほんじんとあわせて、江戸えど宿やどなか実際じっさいあるける場所ばしょです
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