東海道・赤阪宿
東海道で最も近い二つの宿場の、もう一つ。旅籠の夜が描かれました。
お子さんと保護者の方へ。東海道・赤阪宿を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
東海道の赤坂宿とは?
赤坂は東海道の三十六番目の宿場。
広重の題は「旅舎招婦ノ図」。
広重の題は「旅舎招婦ノ図」。
宿の内側を描く
五十三次の多くは屋外の風景ですが、この一枚は旅籠の内側を描いています。中庭の蘇鉄をはさんで、食事の部屋と身支度の部屋。宿場の夜が、そのまま記録されている。
御油の「旅人留女」と並べると、客引き→宿泊、という流れが二枚続きになります。島田・金谷が川の両岸だったように、広重は隣同士の宿場を組みにして描くことがあります。
赤坂はいまの愛知県豊川市赤坂町にあたります。御油と赤坂は、いまは同じ豊川市の中。江戸の二つの宿場が、いまは一つの市になっている——島田と金谷も同じでした。
考えてみよう
- 問一宿の内側を描くと、何が分かるでしょう。
- 問二二枚続きで物語になる絵を、自分でも考えてみましょう。
- 問三江戸の宿場がいまの何市にあたるか、五つ調べてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
原文について
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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