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四十七

東 海 道 ・ 二 川 宿

さる馬場ばばという松原まつばら三河国みかわのくにはいって最初さいしょ宿場しゅくばです。

いまのことば

二川ふたがわは東海道の三十三番目の宿場。
三河国みかわのくにもっとひがし宿場町しゅくばまちだった。

天領という立場

二川ふたがわ将軍家しょうぐんけ直轄地ちょっかつち天領てんりょう)でした四日市おなじく天領てんりょうで、代官所だいかんしょかれました。大名だいみょう領地りょうちではなく、幕府ばくふ直接ちょくせつおさめる土地とち) ——街道かいどうぞいには、そういう宿場しゅくばがいくつもありました。

広重のだいは「さる馬場ばば」。まつえたはらを、旅人たびびと構図こうずです。御油松並木まつなみき江尻三保みほ松原まつばら——東海道とうかいどうまつみちでもありました

街道かいどうまつえたのには理由りゆうがあります——なつかげふゆかぜよけ、そして道筋みちすじ目印めじるしえられたは、たいていやくつためにえられています江尻松原まつばらおなかんがかたです。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——二川ふたがわには本陣ほんじん建物たてもののこり、資料館しりょうかんとして公開こうかいされています草津本陣ほんじんおなじく、大名だいみょうまった部屋へや実際じっさいられる宿場しゅくば) です。
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