四十八
東 海 道 ・ 吉 田 宿
橋を架けることを許された川もありました。広重は、修理中の城と橋を同時に描いています。
いまのことば
吉田は東海道の三十四番目の宿場。
広重の題は「豊川ノ橋」。
橋のある川、ない川
東海道には橋のある川と、ない川がありました。ないのは安倍川・大井川・天竜川。あるのは豊川・矢作川。違いは何か——川の大きさと、土地の事情) です。
広重の絵には、橋の向こうに足場を組んだ吉田城が描かれています。職人が城壁の修理をしている場面。名所ではなく、働いている人を描いた——藤枝の「人馬継立」と同じ目です。
吉田は城下町で、いまの愛知県豊橋市の中心部。二川から吉田、御油へと進みます。三河に入ると、宿場の間隔が狭くなります——御油と赤坂は、東海道で最も近い二つの宿場です。
考えてみよう
- 問一橋を架ける条件を、三つ考えてみましょう。
- 問二働いている人を描いた絵を、五十三次から探してみましょう。
- 問三地図で御油と赤坂の距離を測ってみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——吉田城のあった場所は、いまは豊橋公園になっています。城が公園に、宿場が商店街に——東海道の町は、形を変えながら続いています。