八
東海道・大井川
「箱根八里は馬でも越すが、越すに越されぬ大井川」。東海道最大の川には、橋も渡し舟もなく、人の肩に乗って渡るしかありませんでした。
いまのことば
東海道の大井川とは?
大井川に橋はなく、川越人足の肩や台に乗って渡った。
雨で増水すれば「川留め」——旅人は何日も足止めされた。
渡れない日の経済
島田宿と金谷宿の間を流れる大井川。幕府は防衛上の理由もあって橋を架けず、川越人足(かわごしにんそく)に運んでもらうのが正式な渡り方でした。料金は水の深さで変わる仕組み。増水すれば「川留め」で、渡ること自体が禁止されます。
川留めになると、旅人は島田や金谷の宿で何日も待つことに。宿代はかさむ——けれど宿場は大にぎわい。川が止まると、町がもうかる。不便が経済を回すという、不思議な仕組みがそこにありました。
明治になって橋が架かり、川越人足の仕事は消えました。便利さは、いつも何かの仕事と引き換えにやってきます。
考えてみよう
- 問一「不便だからこそ成り立っていた仕事」を、ほかに知っていますか。
- 問二川留めで何日も待つ旅人の気持ちを想像してみましょう。何をして過ごしますか。
- 問三橋を架けなかった幕府の理由(防衛)を、地図から考えてみましょう。
答えはひとつではありません。地図を広げながら考えると、また違って見えてきます。
豆知識——いまの大井川には世界一長い木造歩道橋「蓬萊橋」(明治期に架橋・全長約897m)があり、ギネスにも登録されています。歩いて渡ると、川幅の実感が江戸の旅人と共有できます。
原文について
この記事が扱っている
『東海道五十三次』は、江戸時代の五街道のひとつ。宿場や道中の様子は、当時の道中記や名所図会に記録されています。
原本(江戸期などの版本)は、
国立公文書館 デジタルアーカイブ『東海道名所図会』で画像を見られます。
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