百人一首・九十七番 権中納言定家
来ぬ人を 松帆の浦の 夕なぎに
焼くや藻塩の 身もこがれつつこぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに
やくやもしほの みもこがれつつ
焼くや藻塩の 身もこがれつつこぬひとを まつほのうらの ゆふなぎに
やくやもしほの みもこがれつつ
お子さんと保護者の方へ。百人一首・九十七番 権中納言定家を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
来ぬ人を松帆の浦の夕なぎにの意味は?
来ない人を待つ——その「まつ」ではないが、
松帆の浦の夕凪に
焼く藻塩のように、我が身も焦がれ続けています。
松帆の浦の夕凪に
焼く藻塩のように、我が身も焦がれ続けています。
ことばの景色
この一首の作者こそ、百人一首を選んだ藤原定家その人です。百の札を選び並べた人が、自分の歌も一つ入れた。九十七番という位置は、父の八十三番俊成から十四枚後です。
「まつ」=待つと松帆。「焼く」「こがれ」は藻塩を焼く作業と、心が焦がれること。藻塩は海藻に海水をかけて焼き、塩を採る古い方法。料理の間の目で読むと、これは塩づくりの歌でもあります。
松帆の浦は淡路島の北端。七十八番の「淡路島かよふ千鳥」と同じ海峡です。選び手は、自分の歌を置く場所まで考えていたのかもしれません。
考えてみよう
- 問一待つことを、何かの作業にたとえてみましょう。
- 問二七十八番と読み比べて、同じ海の二首を並べてみましょう。
- 問三塩の作り方を調べて、図にかいてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——定家は百人一首のほか、『新古今和歌集』の撰者、『新勅撰和歌集』の単独撰者も務めました。千年読み継がれる百枚を選んだ人の目を、いまあなたもたどっています。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
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