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八十二

百 人 一 首 ・ 八 十 二 番 道因法師だういんほふし

思ひわび さても命は あるものを
きにへぬは 涙なりけりおもひわび さてもいのちは あるものを
うきにたへぬは なみだなりけり

いまのことば

おもなやんで、それでもいのちはこうしてあるものを——
つらさにえきれないのは
なみだのほうだった。

ことばの景色

自分じぶんえている。えていないのはなみだ——責任せきにんなみだあずけたかたです。四十番が「顔色かおいろた」といたのとおなじで、からだ一部いちぶ独立どくりつさせると、気持きもちが客観的きゃっかんてきえてくる

「さても」は「それでも」。この一語いちごに、なが時間じかんはいっていますなやんで、それでもきて、そしてなみだだけがさきまいってしまう。

作者さくしゃ道因法師どういんほうし藤原敦頼ふじわらのあつより出家しゅっけして道因どういん名乗なのりましたうた熱心ねっしんひとだったとつたえられ、八十三番藤原俊成ふじわらのしゅんぜいがその熱意ねついのこしています

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——百人一首ひゃくにんいっしゅ僧侶そうりょ十二にんは、みな出家しゅっけまえ名前なまえっています十二番遍昭へんじょう八十六番西行さいぎょう、そしてこの道因どういんふだ名前なまえうらに、もうひとつの人生じんせいがあります
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