百人一首・四十番 平兼盛
忍ぶれど 色に出にけり 我が戀は
ものや思ふと 人の問ふまでしのぶれど いろにいでにけり わがこひは
ものやおもふと ひとのとふまで
ものや思ふと 人の問ふまでしのぶれど いろにいでにけり わがこひは
ものやおもふと ひとのとふまで
お子さんと保護者の方へ。百人一首・四十番 平兼盛を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
忍ぶれど色に出にけり我が戀はの意味は?
隠しとおしてきたけれど、顔色に出てしまった。
私の恋は——
「物思いでもしているのですか」と、人に尋ねられるほどに。
私の恋は——
「物思いでもしているのですか」と、人に尋ねられるほどに。
ことばの景色
この一首と次の四十一番は、同じ歌合で勝負した二首です。『拾遺和歌集』の前書きは、どちらも「天暦の御時歌合」。番号も六二一と六二二で隣同士です。千年前の勝負の記録が、そのまま札二枚になっている。
兼盛の歌の急所は「人の問ふまで」。自分で「顔に出た」と言うのではなく、他人に尋ねられた、という外からの証拠を置いた。証人がいる恋は、言い逃れができません。
作者の平兼盛は三十六歌仙のひとり。光孝天皇の流れをくむ家の出で、二十八番の源宗于と同じく皇族から臣下に下った家系です。
考えてみよう
- 問一隠していたのに顔に出てしまった——そんな経験はありますか。
- 問二自分で言うのと、人に言われるのとでは、どちらが強く伝わるでしょう。
- 問三次の四十一番と読み比べて、あなたならどちらを勝ちにしますか。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——歌合は、左右に分かれて歌を出し合い、判者が勝ち負けを決める催しです。平安の宮中では、歌は競技でもありました。十八番の住の江の歌も歌合の作品でした。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
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