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八十一

百 人 一 首 ・ 八 十 一 番 後徳大寺左大臣ごとくだいじのさだいじん

ほととぎす 鳴きつる方を ながむれば
ただ有明ありあけの 月ぞ残れるほととぎす なきつるかたを ながむれば
ただありあけの つきぞのこれる

いまのことば

ほととぎすがいたほうをながめてみると——
とり姿すがたはもうなく、
ただ有明ありあけつきだけがのこっていた。

ことばの景色

おとさき視線しせんあと、そしてなにもない——順番じゅんばんがそのまま時間じかんになっています。ごえいてかおけるまでの、ほんの一瞬いっしゅんとりってしまった

そしてのこったのが有明ありあけつき二十一番三十番つづいて、有明ありあけつき三度目さんどめ登場とうじょうですったわかれたがた、そしてとり見送みおくったあさおなつきが、みっつの場面ばめんらしています

千載和歌集せんざいわかしゅう』の前書まえがきは「あかつき郭公ほととぎすく」というこころんだもの。だいがあらかじめまっていたということです。作者さくしゃ徳大寺実定とくだいじさねさだ左大臣さだいじんまですすんだ公卿くぎょう百人一首ひゃくにんいっしゅでは「後徳大寺左大臣ごとくだいじのさだいじん」とばれています。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——ほととぎすは初夏しょかげるとりとして、和歌わかもっともよくまれたとりひとです。生物せいぶつれば、ほかとりたまごむ「托卵たくらん」でられるとりうたとり生態せいたいとり両方りょうほうると面白おもしろさがします
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