百人一首・八十六番 西行法師
嘆けとて 月やはものを 思はする
かこち顔なる わが涙かななげけとて つきやはものを おもはする
かこちがほなる わがなみだかな
かこち顔なる わが涙かななげけとて つきやはものを おもはする
かこちがほなる わがなみだかな
お子さんと保護者の方へ。百人一首・八十六番 西行法師を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
嘆けとて月やはものを思はするの意味は?
「嘆け」と言って、月が私を物思いさせるのだろうか。
そうではないのに——
月のせいだと言いたげな顔で、私の涙はこぼれる。
そうではないのに——
月のせいだと言いたげな顔で、私の涙はこぼれる。
ことばの景色
「かこち顔」=人のせいにしたがる顔。涙が勝手に「月のせいだ」という顔をしている、という見立てです。八十二番も涙を独立させていました。自分の体を他人のように眺める——和歌の面白い技です。
この歌の上手さは、否定したうえで認めていること。「月のせいではない」と言いながら、涙はしっかり月を見て流れている。理屈と体のずれを、そのまま書き留めた。
作者の西行法師は、武士の身分を捨てて出家し、諸国を旅した歌人。地理の間・日坂で読んだ「年たけてまた越ゆべしと思ひきや」の作者です。東海道の峠と百人一首が、この人でつながります。
考えてみよう
- 問一自分の体が勝手に反応した経験を書いてみましょう。
- 問二「〜のせいではない」と言いながら認める文を作ってみましょう。
- 問三小夜の中山の歌と読み比べてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——西行は生涯に二度、陸奥へ長い旅をしました。二度目は六十を過ぎてから。歌枕を自分の足で確かめた人の歌は、土の匂いがします。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
