五十六
百 人 一 首 ・ 五 十 六 番 和泉式部
あらざらむ 此の世のほかの 思ひ出に
今一たびの 逢ふこともがなあらざらむ このよのほかの おもひでに
いまひとたびの あふこともがな
いまのことば
まもなく私はこの世を去るでしょう。
せめてあの世への思い出に——
もう一度だけ、あなたにお会いしたい。
ことばの景色
百人一首の中でも、まっすぐさで際立つ一首です。掛詞も序詞もありません。ただ「もう一度会いたい」とだけ言っている。技を使わないと決めたときの強さが、ここにあります。
「あらざらむ」は「(私は)生きていないだろう」。自分の不在から歌を始めるという、大きな構え方。そのうえで願うのは、たった一度の面会です。大きく始めて、小さく終わる——落差が胸を打ちます。
作者の和泉式部は、平安中期を代表する女性歌人。中古三十六歌仙・女房三十六歌仙の両方に数えられます。その娘が六十番の小式部内侍——親子そろって百人一首に入っています。
考えてみよう
- 問一技を使わずに気持ちを書くと、どんな文になりますか。試してみましょう。
- 問二大きなことから書き始めて小さな願いで終わる。真似してみましょう。
- 問三六十番の娘の歌と読み比べてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——
和泉式部は紫式部・清少納言と同じころ宮中にいました。
五十七番が
紫式部、
六十二番が
清少納言、そして
五十六番が
和泉式部。
札の並びが、そのまま平安文学の名簿になっています。