五十八
百 人 一 首 ・ 五 十 八 番 大貮三位
有馬山 ゐなのささ原 風吹けば
いでそよ人を 忘れやはするありまやま ゐなのささはら かぜふけば
いでそよひとを わすれやはする
いまのことば
有馬山のふもと、猪名の笹原に風が吹けば
そよそよと音がする——その「そよ」ではないけれど、
さあ、どうして私があなたを忘れたりするでしょうか。
ことばの景色
「いでそよ」の「そよ」が蝶番になっています。笹の葉が鳴る音の「そよ」と、「そうですよ」と受ける「そよ」。音の描写から、返事へと滑り込む。
この歌は相手への返し歌です。「あなたこそ私を忘れたのでしょう」と言われて、「忘れるものですか」と返した。責められた言葉を、そのまま投げ返している——三十五番の紀貫之の切り返しと同じ呼吸です。
作者の大弐三位は、五十七番紫式部の娘。有馬山・猪名は、いまの兵庫県のあたりの歌枕です。行ったことのない土地の名を、音のために借りてくる——和歌ではよくあることでした。
考えてみよう
- 問一葉の音を聞き分けてみましょう。木によって違いますか。
- 問二言われたことばを使って言い返す。短い文で練習してみましょう。
- 問三音を表すことばから、気持ちのことばへつなげてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——百人一首には、紫式部と娘、和泉式部と娘、そして清原の三代が入っています。平安の宮中は、家ごと文学の場でした。