百人一首・四十二番 清原元輔
契りきな かたみに袖を しぼりつつ
末の松山 浪こさじとはちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ
すゑのまつやま なみこさじとは
末の松山 浪こさじとはちぎりきな かたみにそでを しぼりつつ
すゑのまつやま なみこさじとは
お子さんと保護者の方へ。百人一首・四十二番 清原元輔を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
契りきなかたみに袖をしぼりつつの意味は?
約束しましたよね。
互いに涙でぬれた袖を絞りながら——
あの末の松山を波が越すことがないように、心変わりはしまいと。
互いに涙でぬれた袖を絞りながら——
あの末の松山を波が越すことがないように、心変わりはしまいと。
ことばの景色
「末の松山波こさじ」は、絶対に起こらないことのたとえとして古くから使われてきた言い方です。つまり「波が山を越えないように、心は変わらない」と誓った。そしてこの歌は、その誓いが守られなかったあとに詠まれています。
面白いのは、責める言葉が一つも入っていないこと。ただ「約束しましたよね」と確かめているだけです。三十八番と同じで、恨みを恨みと言わずに届ける書き方。
作者の清原元輔は、三十六番清原深養父の孫で、清少納言の父。百人一首に三代が並びます(三十六番・四十二番・六十二番)。元輔は三十六歌仙のひとりでもあります。
考えてみよう
- 問一「絶対に起こらないこと」のたとえを、自分で三つ作ってみましょう。
- 問二約束を確かめるとき、どんな言い方をしますか。
- 問三責めずに気持ちを伝える文を、一行書いてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——末の松山は陸奥国の歌枕で、十四番の「陸奥のしのぶもぢずり」と同じ東北の土地です。都の人にとって陸奥は、行ったことのない遠い土地だからこそ、誓いの舞台にふさわしかったのかもしれません。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
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