三十八
百 人 一 首 ・ 三 十 八 番 右近
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
人の命の 惜しくもあるかなわすらるる みをばおもはず ちかひてし
ひとのいのちの をしくもあるかな
いまのことば
忘れられてしまう我が身のことは、どうでもよいのです。
ただ、神に誓ったあなたの命が、
惜しくてなりません。
ことばの景色
これは優しい歌でしょうか、怖い歌でしょうか。平安の人は、神に誓って破れば罰があたると考えていました。だから「あなたの命が惜しい」は、「誓いを破ったあなたは、どうなってしまうのでしょう」とも読めます。
けれども表向きは、どこまでも相手の心配をしています。自分を後に置き、相手を先に置く——その順番のまま、強い気持ちが伝わってくる。恨みを恨みと言わずに届ける、和歌の腕です。
作者の「右近」は、宮中に仕えた女性で、父や夫の役職名で呼ばれた人です。十九番の伊勢と同じ呼び方。百人一首には女性の歌が二十一首入っています。
考えてみよう
- 問一「自分はいい、あなたが心配」という言い方を、聞いたことがありますか。
- 問二約束を守るということについて、一行書いてみましょう。
- 問三怒っていることを、怒らずに伝える言い方を考えてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——百人一首の百人のうち、二十一人が女性です。千年前の歌集としては高い割合。和歌は、女性が対等に腕を競えた数少ない場でした。