三十九
百 人 一 首 ・ 三 十 九 番 参議等
浅茅生の 小野の篠原 しのぶれど
あまりてなどか 人の戀しきあさぢふの をののしのはら しのぶれど
あまりてなどか ひとのこひしき
いまのことば
浅茅の生える小野の篠原——その「しの」ではないが、
忍んで隠してきたけれど、
こらえきれずに、どうしてこんなにあなたが恋しいのだろう。
ことばの景色
上の二句は、「しのぶ」を引き出すためだけの前置きです。こういう言い方を序詞といいます。浅茅も篠原も背の低い草の原。そのさびしい景色が、結果として気持ちの下地にもなっています。
「あまりて」は、入れ物からあふれてしまうこと。隠していたのに、量が多すぎてこぼれた。十三番で恋を「積もって淵になる」と詠んだ歌がありました。和歌は、気持ちをよく「量」で考えます。
この歌は『後撰和歌集』の恋の巻に収められています。作者の源等は嵯峨天皇の流れをくむ公卿で、十四番の源融と同じ嵯峨源氏。百人一首では「参議等」と官職で呼ばれています。
考えてみよう
- 問一言いたいことの前に風景を置く。真似して二行書いてみましょう。
- 問二気持ちが「あふれた」と感じた経験を思い出してみましょう。
- 問三背の低い草の原を見つけて、どんな草があるか数えてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——
篠は
細い
竹のこと。
矢の
材料にも
使われました。
歌の中の草は、たいてい暮らしの道具でもあります。
十九番の
葦も、
屋根や
簾になりました。