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十九

百 人 一 首 ・ 十 九 番 伊勢いせ

難波潟なにわがた 短きあしの ふしのまも
あはで此の世を すぐしてよとやなにはがた みじかきあしの ふしのまも
あはでこのよを すぐしてよとや

いまのことば

難波潟なにわがたに生える短いあしの、
そのふしふしのあいだほどのわずかな間さえも、
会わずにこの世を過ごせと、おっしゃるのですか。

ことばの景色

あしふしのある草です。そのふしふしのあいだを、そのままものさしとして使ったのがこの歌の発明はつめいです。しかも「短きあし」——ただでさえ短いものの、そのまたふしあいだ短さを二重にして、「ほんのわずか」を目に見える形にしたのです。

このはかり方がくのは、あしだれでも知っている草だったから。難波なにわがた——いまの大阪の湾岸わんがんは、一面いちめん葦原あしはらでした。身のまわりのものを、そのまま単位たんいにする。算数さんすう数学すうがくで見た江戸のはかり方と、同じ発想はっそうが千年前の歌の中にあります。

作者の伊勢いせ三十六歌仙さんじゅうろっかせんのひとり。伊勢守いせのかみ藤原継蔭ふじわらのつぐかげむすめなので、父の役職やくしょくの名で「伊勢いせ」と呼ばれました。宇多天皇うだてんのう中宮ちゅうぐう温子おんしつかえ、女性じょせい歌人かじんとして当代とうだい随一ずいいちとうたわれた人です。

この歌は『新古今和歌集しんこきんわかしゅう』のこいまきに、前書きなし(だいしらず)でおさめられています。だれてたものかはかりません。相手あいてからないぶん、読む人のだれもが宛先あてさきになれる——それも、歌が千年のこる理由のひとつです。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——あし水辺みずべれて生えるの高い草で、屋根やね材料ざいりょうにもすだれにも使われました。生物せいぶつの目で見れば、葦原あしはらみずをきれいにし、鳥をそだてる場所ばしょでもあります。歌にまれた草は、たいていらしの草でした。
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