百人一首・九十六番 入道前太政大臣
花さそふ あらしの庭の 雪ならで
ふりゆくものは 我が身なりけりはなさそふ あらしのにはの ゆきならで
ふりゆくものは わがみなりけり
ふりゆくものは 我が身なりけりはなさそふ あらしのにはの ゆきならで
ふりゆくものは わがみなりけり
お子さんと保護者の方へ。百人一首・九十六番 入道前太政大臣を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
花さそふあらしの庭の雪ならでの意味は?
花を誘って散らす嵐の庭の——
あれは雪ではない。
古りゆくのは、我が身なのだった。
あれは雪ではない。
古りゆくのは、我が身なのだった。
ことばの景色
「ふりゆく」が掛詞です。花びらが「降りゆく」と、自分が「古りゆく」(年を取る)。目の前の光景から、自分の身へ視線を折り返す。
「雪ならで」——否定を経由して、本題に入る形。三十一番は雪を月と見ました。こちらは花を雪と見て、そこから身の話へ移る。白いもの同士の見立ては、百人一首の得意技です。
作者は西園寺公経。太政大臣まで進み、鎌倉の幕府とも深くつながった公卿です。九十七番藤原定家とは縁戚の関係にありました。
考えてみよう
- 問一散る花を見て思うことを、三行書いてみましょう。
- 問二同じ音で違う字を当てることばを、三つ探してみましょう。
- 問三白いもの同士の見立ての歌を、百人一首から集めてみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——百人一首の最後の五首(九十六〜百番)は、鎌倉の世に入った人たちの歌です。選び手の定家自身も、その中にいます。同じ時代を生きた人の歌で締めくくった——その並べ方にも意味があります。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
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