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三十一

東 海 道 ・ 平 塚 宿

のあぜをうようにのびる一本道いっぽんみち広重ひろしげえがいたのは、そのまっすぐさでした。

いまのことば

平塚ひらつかは東海道の七番目の宿場。
広重があたえただいは「縄手道なわてみち」。

まっすぐな道が語ること

縄手なわて」はなかをまっすぐとおみちのこと。岡崎二十七曲にじゅうななまがりとは正反対せいはんたいです。まも必要ひつようのない平地へいちでは、みちはまっすぐかれる——みちかたちは、その土地とち事情じじょう正直しょうじきうつします。

おくにはまるやまえがかれています。高麗山こまやまばれるひくやまで、平塚ひらつかのあたりの目印めじるしになっていました。平地へいちでは、ちいさなやまでもよく目立めだちます

宿場しゅくば間隔かんかくも、このあたりはみじかめです。藤沢平塚ひらつか大磯つづき、そのあと小田原まですこあいだく。箱根はこね手前てまえ体力たいりょくととのえるならになっています。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。

豆知識——次の大磯までは、東海道とうかいどうもっとみじか区間くかんのひとつです。宿場しゅくばちかということは、そこにまる理由りゆうがあったということ。つぎのページで、その理由りゆうてみましょう。
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