百人一首・七十六番 法性寺入道前関白太政大臣
わたの原 漕ぎ出でて見れば 久方の
雲居にまがふ 沖つ白浪わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの
くもゐにまがふ おきつしらなみ
雲居にまがふ 沖つ白浪わたのはら こぎいでてみれば ひさかたの
くもゐにまがふ おきつしらなみ
お子さんと保護者の方へ。百人一首・七十六番 法性寺入道前関白太政大臣を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
わたの原漕ぎ出でて見れば久方のの意味は?
大海原へ漕ぎ出して見わたすと——
遠く、雲と見分けがつかないあたりに
沖の白波が立っている。
遠く、雲と見分けがつかないあたりに
沖の白波が立っている。
ことばの景色
水平線で、海と空の境が消える——船に乗った人だけが知っている光景です。「まがふ」は見分けがつかない、入りまじること。白い波と白い雲が溶け合っています。
十一番も「わたの原」で始まる歌でした。あちらは島流しの船出、こちらは晴れやかな船遊び。同じ書き出しでも、下の句で世界が変わります。
作者は藤原忠通。摂政・関白・太政大臣を務めた最高位の公卿です。百人一首では「法性寺入道前関白太政大臣」——百枚の札でいちばん長い名前です。
考えてみよう
- 問一水平線を実際に見て、海と空の境を探してみましょう。
- 問二十一番と読み比べて、同じ書き出しの違いを書いてみましょう。
- 問三百人一首でいちばん長い作者名と短い作者名を探してみましょう。
答えはひとつではありません。声に出して、外に出て、確かめながらどうぞ。
豆知識——忠通は七十七番崇徳院と同じ時代を生きました。百人一首の後半には、平安から鎌倉へ移る時代の人たちが集まっています。歌の向こうに、大きな時代の変わり目があります。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
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