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七十七

百 人 一 首 ・ 七 十 七 番 崇 徳 院

瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふせをはやみ いはにせかるる たきがはの
われてもすゑに あはむとぞおもふ

いまのことば

流れの速い川が岩にぶつかって二つに分かれても、
その先でまた一つになるように——今は離れても、いつか必ず逢おうと思う。

ことばの景色

急流が岩で真っ二つに割れる。けれど下流では、また合流して一本の川になる。別れの景色の中に、再会の約束を見つけた歌です。

「われても末に逢はむ」——今は引き裂かれても、末には必ず。恋の歌ですが、転校で別れる友だち、卒業、単身赴任——あらゆる別れに効く言葉として、千年使われてきました。

川の流れという「必ずまた出会う構造」にたとえたことで、願いが予言に変わっています。たとえの力は、ここまで届くのです。

考えてみよう

答えはひとつではありません。声に出して読んでから考えると、また違って見えてきます。

豆知識——崇徳院は保元の乱に敗れて讃岐へ流された悲劇の上皇。その人の歌が「再会の歌」として愛され続けているところに、歌のもつ救いがあります。
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