百人一首・七十七番 崇徳院
瀬を早み 岩にせかるる 滝川の
われても末に 逢はむとぞ思ふせをはやみ いはにせかるる たきがはの
われてもすゑに あはむとぞおもふ
われても末に 逢はむとぞ思ふせをはやみ いはにせかるる たきがはの
われてもすゑに あはむとぞおもふ
お子さんと保護者の方へ。百人一首・七十七番 崇徳院を、いっしょに確かめましょう。
いまのことば
瀬を早み岩にせかるる滝川のの意味は?
流れの速い川が岩にぶつかって二つに分かれても、
その先でまた一つになるように——今は離れても、いつか必ず逢おうと思う。
その先でまた一つになるように——今は離れても、いつか必ず逢おうと思う。
ことばの景色
急流が岩で真っ二つに割れる。けれど下流では、また合流して一本の川になる。別れの景色の中に、再会の約束を見つけた歌です。
「われても末に逢はむ」——今は引き裂かれても、末には必ず。恋の歌ですが、転校で別れる友だち、卒業、単身赴任——あらゆる別れに効く言葉として、千年使われてきました。
川の流れという「必ずまた出会う構造」にたとえたことで、願いが予言に変わっています。たとえの力は、ここまで届くのです。
考えてみよう
- 問一「今は離れても、またいつか」と思う相手はいますか。
- 問二川の上流で分かれた水は、本当に下流で出会うのか——地図で確かめてみましょう。
- 問三落語『崇徳院』はこの歌が鍵になるお話です。あらすじを調べてみませんか。
答えはひとつではありません。声に出して読んでから考えると、また違って見えてきます。
豆知識——崇徳院は保元の乱に敗れて讃岐へ流された悲劇の上皇。その人の歌が「再会の歌」として愛され続けているところに、歌のもつ救いがあります。
原文について
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
この記事が扱っている『小倉百人一首』は、鎌倉時代に藤原定家が選んだとされる和歌集。江戸時代に版本・かるたとして広まりました。
原本(江戸期などの版本)は、国立公文書館 デジタルアーカイブ『百人一首抄』で画像を見られます。
このページの現代語訳・解説・設問は、株式会社士心が作成したものです。特定の校訂本にもとづくものではありません。 表記や区切り方は、読みやすさのために整えています。原文にあたるときは、上の所蔵先でお確かめください。
